スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

私のこと・・・その1


<pentaxK100D-sp/TAMRON マクロ90/F2.8/+0.5補正>

今まで改めて自分について考えてみたことは何度かあるけど
この世の中で、いつも自分ほど解り悪くて統一性の無い存在ってないなぁと思ってます
凹んでショボンとまるで雨の中で濡れながら歩いている濡れネコさんの様な自分だったかと思うと
次の瞬間には、誰かのあるいは何気ないちょっとした出来事だったり・・
そんな事に心躍らせて喜んでみたり。
でも、佐野洋子さんが言うの様な私では無いけれど・・私の底にも
いつも当たり前の様に悲しみは流れていて、それは山から湧き出て流れ出てくる
湧き水の川の様に太くも無くかと言って枯れることも無く
ただ・・ずっとじっと絶えず絶え間なく私の中の底辺を流れているる様な気がします

でも、私はこのちょろちょろと・・さらさらと流れる悲しみの湧き水を塞き止めようとは思わず
なぜかこの流れと共にある事が私の人生なんじゃないかしら・・とこの頃思います。
時には人が集まってくみに来る。ちょっと沸き立った気持ちになる。
でも、去ればまた、いつものちょろちょろと悲しみの小川。
風がそっと体に纏わり付いて肌を包むように
この小川は、私の心を静かに見つめており、絶え間なく流れて・・ここに私こそが居るような
そんな気がし始めています。
大声を上げてアハハハと笑ったり、はしゃいだり・・・はたまた、怒ったり・・。
でも、いつも変わらない私は、そう・・・悲しみが常に同居しサラサラとそれが何故かとっても綺麗に
清らかに流れているのです。
私にとって・・・私の中にある悲しみほど、綺麗なものはないのかも知れません。
だからといって、この悲しみの川はそう簡単には人に見せられないものなのです
どう表現してよいかも解らないものなのです。
何処から湧き上がってくるのかも解らない・・しかし絶えずサラサラと流れて
私を、悲しみのはずなのに、1番癒してくれる心なのかも知れないと近頃思います

花や木や植物を見て、動物を見て、人に会って、話をして、空気を吸って吐いて
美味しいものを食して、騒音やら小鳥の鳴き声を聞いて・・そして写真を撮って。
全ての五感を全部使って、感じることの底辺は喜びではなく、悲しみなのかも知れません
その悲しいほどのはかなさと今という瞬間はもう2度と同じ時を繰り返すことが無く
仮に同じような体験をまた出来る事があった時に、また味わえた・・と喜びがやってくる。

悲しみの川の上を、時々、喜びとか怒りとか・・そんなイロが混ざって流れて行った後も
また、ただ静かに私の中にはずっといつもの悲しみの川が流れて自分を取り戻すかの様な気持ち。

だから、今まで私は自分ほど得体の知れない解らない存在は無いと思ってた。
そして、ようやっと・・最近うっすらと・・・自分って事がちょっとだけ解った様な気がした。

2008-0609-h.jpg


どちらかというと・・・写真はどうも少し青みがあって、明るめの状態が好きなようです。
でも、フィルムで撮る時は、少し奥行きの出る深みある感じが好きだったりする。
気分もあるのだろうけど・・・・でも・・・・やっぱり露出オーバーの方が好きなのかも。
ここでも自分は欲張りなんだとちょっと感じる。
統一された綺麗なものじゃなく、不規則でへんてこりん・・いびつで偏ってて・・均整がない
そんな私なのかな?
私の中に何か均整を見つけられますか?私にはまだ出来ていません・・
人が私をどう見ているのかも・・・ちょっと知りたい感じ。

- 1 Comments

NANA  

こんにちは^^
いつもいつも 読み逃げしていてごめんなさい。
ここの所忙しくてPC全然いじってなかったんですが
今日久々にPC開いてここへ来て
あ~やっぱり京卯子さんのお写真好きだなぁ~
って思いましたよ^^
素敵なお写真見せていただいて ありがとうございました^^

2008/06/16 (Mon) 18:11 | EDIT | REPLY |   

Leave a comment

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。